MCUが産んだスカーレット・ウィッチという怨霊:『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』

※『ワンダ・ヴィジョン』を見てない人の感想です

作品について語る前に白状すると、私は今作を見るまでワンダというキャラクターが嫌いだった。
不幸な身の上に同情の余地はあるものの、自分の力をうまくコントロールできないし、ヒーローとしての成長も大して描かれない、その上未熟さで場を掻き回してばかり。私はずっとワンダをそう認識しており、だからこそ好きじゃなかった。

しかし、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を見てから、ワンダに対してそういう印象を抱いてきたことが恥ずかしくなった。

タイトルが示す通り、この作品の主人公はドクター・ストレンジ(スティーヴン・ストレンジ)だ。スティーヴン自身、大いなる力に振り回されながら、たくさんの決断を迫られ、ヒーローとして成長していく話でもあった。
しかし、今作について考えれば考えるほど、MCUが拡大する中でワンダが歩んできた道のりを思わずにはいられなかった。

MCUにおいて、もしかしたらワンダは1番脚本で割を食ってきたキャラクターなのかもしれない。大暴れするスカーレット・ウィッチを見てそう感じた。
これはすべて仮定の話だが、強大な魔力を操ることのできるワンダがヒーローとして順調に成長し、その力を制御することができたのならば、アベンジャーズが立ち向かってきた脅威など簡単に蹴散らすことができたかもしれない。もしかしたらアイアンマンやキャプテン・アメリカなど、主人公格のキャラクターたちの見せ場がなくなってしまうほどに。
だからこそワンダは精神的な不安定さという枷を嵌められ、これまで彼らを邪魔できないようなポジションに置かれてきたのではないだろうか。不条理だが、膨大なヒーローを有するMCUにおいて、人気者たちを目立たせるためには仕方のないことだったのかもしれない。

今作のワンダは、そんなつまらない枷などもうないとばかりに、スカーレット・ウィッチとして暴れ回っている。それは、ヴィランという役回りを得ることでやっと叶ったものだった。それはとても悲しいことだと思う。でも好き勝手に能力をふるうワンダを見るのはとても痛快だった。
 
振り返ればワンダはずっと奪われ続けてきた人間だった。
戦争で親を亡くし、双子の片割れであるピエトロも戦いの中散っていった。そして恋人関係にあったヴィジョンもサノスとの戦いで命を落とした。
そんな彼女が拠り所にしていたのが、母親になるという妄想だ*1。その結果、禁断の魔導書「ダークホールド」に手を出したワンダは、ありとあらゆる犠牲を払ってでも妄想を現実のものにしようとする。まさに「怨霊」のようだった思い通りにならない今生を恨み、ときに憑依し、人智を超えた力で多くの人を恐怖に陥れる。スカーレット・ウィッチは、MCU拡大の陰で奪われ続けてきた女の怨霊なのだ。だからこそ容赦なく別次元のヒーロー集団・イルミナティを屠ることもできたのだろう。
 
そんな彼女を鎮めることができたのが、祓魔師的に配置されたドクター・ストレンジではなく、別次元の自分だったのは良かったと思う。この描写は、孤独にあえぎ自暴自棄となった自分をどうにかできるのは結局のところ自分であるというメッセージのようにも受け取れる。家族や恋人のおかげで救われるという描写はあらゆるコンテンツに見られるが、明確に自分で自分を救うことを描いたのは、悪くないことだと思う。

そして、ワンダが自分自身を救うための扉を開いたのが、あらゆる次元への扉を開くことのできるアメリカ・チャベスという少女だったということも救われる描写だった。自分の妄想に固執し、周りを顧みることのできなかったワンダを痛めつけたり抑えつけたりするのではなく、他の世界への扉を開くことで本人に気づかせるというチャベスのやり方は、視野狭窄に陥っていたワンダに何よりも効いただろう。

こうした過程を経て、過ちに気づけたからこそ、ワンダは最後にやっとヒーローになれたのかもしれない。その結果として、責任を果たすため死ぬことになるのは非常に厳しい結末に感じる。でも、奪われ続け、悲しみの中暴れまわるしかできなかったワンダが、やっと自ら納得の行く選択ができるようになったことは、少しだけ救われるとも思った。


ここまで感想を綴ってきたが、ワンダは今作も結局脚本の割を食ってしまったんだろうなと思わずにはいられない。メインキャラクター(ほとんどが男)を立てるために本領発揮することは叶わず、満たされなさ故に怨霊として多くの人の命を奪い、やっと改心できたかと思うとその責任を取って死ぬ。ワンダは最後の最後まで孤独で、求めるものを手に入れることはできなかった。 彼女のヒロイズムは自己犠牲でもって描かれ、生きて贖罪するチャンスは与えられない。
覆し難い不遇の下生きた姿は、今よりもっと蔑ろにされてきた過去の女性たちの人生にも重なるところがある。

MCUを追いかけ続けてきた1ファンとして思う。ワンダのような扱いを受ける女性ヒーローが、このさき生まれることがないようにしてほしい。
怨霊になるまで女性を追い詰める世界なんてクソ食らえなのだ。 

*1:ワンダがこのように描写されたのは若干違和感があった。彼女が固執するのは、ヴィジョンとの結婚生活ならまだしもヴィジョンとの間に産まれたであろう(ワンダの生きる次元には非実在の)子供たちなのだ。ヴィジョンの喪失は乗り切ったけれど家庭を持つという夢は諦めきれなかったということなのだろうか。なんにせよ、”結婚や母親になることに固執する独身女性”というステレオタイプには、独身女性という立場からすると辟易するものがある。